開館以来25万人以上が訪れる伝承館。館長を務めるのは被ばく医療の専門家。
東日本大震災・原子力災害伝承館は、2020年9月の開館以来、この秋3周年を迎え、累計25万人以上もの人々が訪れる伝承施設です。館長を務めるのは、長崎大学教授で被ばく医療を専門とする医師の高村昇さん。「私は歴史学者ではありませんから、県から(伝承館)館長の打診があった時は驚きました」と当時を振り返ります。事故直後、長崎大学から医師や看護師等が緊急被ばく医療の支援チームとして派遣されましたが、県民の放射線への理解が得にくく、不安や恐れが高まっている状況でした。そうした中、福島県から要請があり、福島県放射線健康リスク管理アドバイザーとして放射線に関する説明会を住民に向けて各地で行ったのが福島県との深いつながりの始まりだったそうです。「放射線は測ることができます。正しく理解して、正しく怖がること。その大切さを当時から一貫して伝えています」と放射線との向き合い方を語ります。
伝承館の常設展示室。東日本大震災と東京電力福島第一原発事故という複合災害の記憶と記録、復興への歩みを伝える。
原子力災害を柱とする「知の交流拠点」。人々の想いが集い、伝承の力に。
そのような放射線への啓発活動を行ってきた医師が、なぜ伝承館の館長になったのでしょうか。「名称に“原子力災害”とあります。原子力災害は人々の暮らしに大きく長く影響を与えます。被ばく医療の医師として復興に寄り添い、少しでもお役に立てるならとお受けしました。」県内外に多くの伝承施設はありますが、原子力災害を重要な柱とし、約28万点もの膨大な資料を収集して研究を重ね、約200点を常時展示する施設は伝承館だけと言えます。また、1日4回語り部の講話が行われ、実体験を肉声で聞くことができるのも特徴です。震災から12年以上が経過して記憶の風化が進み、震災を経験していない世代も増えています。そうした中、「自分たちの経験を子どもたちに伝えたい。そんな親や先生方の強い想いが、多くの来館者が訪れる背景にあると思います」と高村館長。伝承館は記録と記憶を集めて体系化する「知の交流拠点」です。伝える側と聞く側の双方に多くの人が参画するほど、風化を抑え、教訓を未来へ伝える力になります。
若手の語り部も育成し、未来への伝承に力を注ぐ。高村館長と横山和佳奈さん(左)、遠藤美来さん(右)。
双葉町にある伝承施設としてのもうひとつの意義。
伝承館の役割は震災の記憶を伝えるだけはありません。「伝承館を訪れる際は、展示や語り部の講話に触れるだけでなく、双葉町の今を見てください」と高村館長。伝承館がある双葉町は、震災と原発事故後に帰還困難区域に指定され11年5カ月にわたり福島県内で唯一全町避難が続けられていた自治体です。2022年8月30日に特定復興再生拠点区域の避難指示が解除され、住民の帰還が始まりましたが、未だ帰還困難区域が町の大部分を占めています。伝承館へ向かう道の途中にも、立ち入りできない住居や、建物が取り壊された空地等が各所に見られます。同じ県内でも震災の痕跡が見られない地域もあれば、未だ帰還さえできない地域もあります。このような復興のフェーズのギャップも原子力災害の特徴であり、福島県の実状です。「震災は終わっていません。それを実感してください。私はこの伝承館で福島の復興をこれからも見守っていきます」と高村館長は語りました。
伝承館が双葉町にある意義を語る高村館長。
東日本大震災・原子力災害伝承館
福島県双葉郡双葉町中野高田39
TEL:0240-23-4402