原発事故後も懸命に生きる住民の姿を残し、次代を担う子どもたちの糧として生かす。
田村市教育委員会の根内喜代重さんは、かつて市内都路町にあった古道小学校で校長を務めていました。旧古道小は震災後に市内船引町の仮校舎へ移りましたが、2014年に地元で再開。根内さんはそのタイミングで校長に就任したのです。在任中には地元で再び学び始めた子どもたちのために尽力。被災地で学ぶべき内容を考え、その環境整備にも取り組みました。
そんな中で制作したのが、再開時の教育活動と関係者の思いや願い等をまとめた書籍「学校再開の軌跡〜未来への礎に〜」です。誌面では当時の子どもたちの取り組み、学習内容、学校行事等が紹介されています。
制作のきっかけは、原発事故の不安が残る被災地に戻って懸命に生きる人々の姿でした。根内さんは子どもたちだけでなく、学校まで支えようとする彼らの姿勢に「地域住民の姿を残さなければ」と決意。「それを伝えることが地域の未来につながり、次代を担う子どもたちの糧になる」と考えたのです。
書籍をまとめた理由について、根内さんは「記憶は薄れても記録があれば当時の思いをつなぐ拠り所になる」と話していました。
取材陣が放射線影響下での再開を問う中、協力者の言葉に背中を押されて制作を決意。
とはいえ多忙な中での書籍編集には相応の労力が必要です。迷っていた中で背中を押したのが、教頭先生の言葉でした。根内さんは「やりましょうとのひと言で覚悟が決まった」と当時を振り返っています。
ただ再開直後の学校は、そういった覚悟を試すような状況。原発事故に見舞われた地域での学校再開は、否応なく世間の目にさらされたのです。再開直前から取材陣が学校に殺到し、根内さんもその対応に追われました。
入学式当日や海外からの取材では、放射線被害が不安視される中での学校再開を問う声も。しかし一介の公務員である根内さんには、再開するかどうかの決定権がありません。辞令に従って学校に赴き、そこで教育に当たることが仕事です。不安を抱えながら苦情も言わず、子どもを通わせる保護者と協力的な地域住民。彼らに「通わせてよかった」と思われる学校づくりに努める中、報道も子どもの頑張りと地域の応援を発信するようになっていきました。
再開判断是非に答えようもなかった当時を振り返り「どんな状況でも子どものために力を尽くす以外なかった」と話す根内さん。
地域から寄せられたのは苦情でなく協力。支えを追い風に地域をからめた教育を推進。
そういった状況の中、根内さんは被災地で学ぶべきことや教えるべきことについて熟慮。幸いにもその動きには、地域の温かい支えが得られました。地元での再開時、地域からの苦情は一切なかったそうです。当時の地域住民には「草むしりでも窓拭きでもやりますから」との声掛け等、協力を惜しまない姿勢が見られました。
根内さんはこの点について「単純に子どもや学校への貢献だと言い表せるものではない」と指摘。「住民たちが被災地での生き方を模索する中、地域を未来へつなぐための行動として生まれたのでは」ととらえています。
この追い風を受け、根内さんは子どもたちに被災地で生きる力を身に付けさせようと考えました。リアリティーのある教育を目指し、地域の営みや文化を取り入れた教育に取り組んだのです。学校再開時には廃止予定だった伝統の和太鼓演奏を復活させ、被災地での野菜づくりから始めた6次化キュウリジャム開発等も推進していきました。
市教委の一員として地域の教育環境整備等に携わりながら、子どもたちや地域住民を対象とした講話活動にも取り組む根内さん。
土地の歴史文化とともに伝えることが大切。それが人々の誇りを育て復興を支えていく。
そういった経緯をまとめたのが、2015年3月に発刊した「学校再開の軌跡〜未来への礎に〜」です。収録し切れなかった内容は「学校再開2年目の軌跡〜地域が育て地域で育つ教育の実現を目指して〜」として刊行。さらに2024年12月には「未来をつくる小学生〜震災が問いかけた都路の学校と地域〜」も制作し、震災後の取り組みを残す活動を続けています。
そういった伝える活動について「震災そのものを伝えるだけでなく、その地域に生きた先人の姿や築き上げてきた歴史文化と合わせて伝えることが大切」と話す根内さん。それが自分の居場所に自信や誇りを持つことにつながって「復興への歩みを支え、より強くしていく」と強調しています。
また合わせて「1人で伝えることには限界がある」とも指摘。地域にいるさまざまな震災体験を持つ人々とともに「いろんな思いや経験をつなぎながら一緒に取り組むことで、伝える力が大きくなるのでは」と提言していました。
定年後は現場から退きましたが、講話活動等で子どもたちと接することも。年上のきょうだいの話題等で盛り上がっていました。
田村市立都路小学校(旧古道小)
田村市都路町古道字北町24
TEL:0247-81-1213(田村市教育委員会)
FAX:0247-81-1228(田村市教育委員会)
MAIL:konnai.kiyoshige@olive.plala.or.jp(根内喜代重)